遠くの光にふれるまで
始まりは十八年前、十月の半ば。
わたしがまだ人間界で、人として生きていた頃。
携帯電話と通帳の解約に行った帰り、見知った黒いスーツのふたり組を見つけた。
ふたりの横、車道には年季の入ったワゴン車が停まり、中にいる誰かと話しているようだったけれど、そのワゴン車は実体がないらしく、他の車がびゅんびゅんすり抜けていった。
「藤原さん、梅田さん、こんにちは」
スーツのふたり組――藤原さんと梅田さんに声をかけると彼らは顔を上げ、藤原さんは「おお」と無表情で、梅田さんは「こんにちは!」と元気に挨拶してくれた。
「お仕事中ですか?」
「まあな。手伝っていくか?」
「手伝える内容なんですか?」
「ただの人探し」
言いながら藤原さんは「転送依頼書」と書かれた書類をわたしに見せる。四十代くらいの男性の顔写真と名前、住所、生年月日と死亡年月日、死因、職業、性格や行動傾向、趣味や特技まで、個人情報満載の書類だった。こんなものを一般人のわたしに見せてしまっていいのだろうか。
「このひと、転送しようと近寄ったら、藤原さんに怯えて逃げちゃって」
梅田さんがそう説明すると、藤原さんの拳が彼女の腕にめり込んだ。
まあでも藤原さんは背も高いし無表情だし黒いスーツだし、ぱっと見は恐いお兄さんかもしれない。
「ちょっとちょっと藤原さん、オレにも紹介してよー」
ワゴンの中から間延びした声が聞こえて顔を上げると、運転席に爽やか好青年。右手には携帯ゲーム機。
見ると後部座席には、健やかな寝息を立てる金髪の外人さんもいた。
「藤宮、これ副組長の山口と、組員のジョン」
紹介された爽やか好青年――山口さんは、思わず見惚れるくらい爽やかな笑顔で「ツトムくんって呼んでね!」と挨拶した。後部座席のジョンさんとやらは、やっぱり健やかな寝息を立てていた。
ちなみに梅田さんによると、山口さんの下の名は「ツトム」ではないらしい。
それはそうと、行方不明の男性。
普通なら力になれない内容だったけれど、幸い今日のわたしは彼らの役に立てる。
「あの、わたし、さっきこの男性見ました。銀行の近くのコンビニの前にしゃがんでいたので、多分まだ近くにいると思います」
「え」
藤原さん、山口さん、梅田さんの「え」が見事に重なって、それが聞こえたのか後部座席のジョンさんがぱちっと蒼い目を開けた。