遠くの光にふれるまで




 藤原さんたち四人は、人間ではなく天使。
 天使と言っても色々な仕事があって、彼らは天使課第七部隊、通称き組に所属している。
 毎日人間界に下りて、死んでしまったひとの魂を三途の川のほとりに送る、そんな仕事だ。

 管轄はわたしが住む県全域。つまりわたしが死んだときは、き組の皆さんにお世話になるということ。
 馴染みの天使に迎えに来てもらえるなら安心。きっとわたしは無事に三途の川のほとりに辿り着けるだろう。


 まだかろうじて生きているわたしの話は置いといて。
 さっきの行方不明の男性を銀行近くで発見し、彼は無事に向こうに転送された。

 藤原さんのジッポの火に吸い込まれる男性の穏やかな表情を見つめていたら、梅田さんが「転送媒体は各々違うんですが、ジッポだとやっぱり暖かいらしいです」と教えてくれた。
 無表情でSっ気のある藤原さんも、霊には優しいらしい。

 魂の転送を見るのは初めてではないけれど、見る度いつも不思議に思う。どういう原理でジッポに吸い込まれた魂が三途の川に辿り着くのだろう。
 転送媒体は基本的に何でも良くて、他の方々はリップやボールペンやライターが多く、中にはペットボトルや空き瓶を使うひともいるらしい。ただし中を通り道にできるもの、という条件がある。


 そのあとはお礼として、天使が経営するバーへ連れて行ってもらった。

 藤原さんたちが三途の川のほとりまで送ってくれるのを待ったり、未練を晴らすための送迎バスを待つ間、霊たちが過ごすバーだ。
 そこらを浮遊したり自縛したりすると、悪いやつらに捕まりやすくなるし、悪霊化する恐れがある。それを防ぐための場所だった。

 山口さんも来たがっていたけれど、バーには駐車場がないし、後部座席で寝こけるジョンさんもいるから、藤原さんからお留守番命令が出た。


 オレンジ色の照明が輝く店内はとても落ち着いた雰囲気で、カウンター内にバーテンダーがふたり、席には数名のお客さんがいる。
 バーテンダーは天使で、お客さんは全員幽霊。そんな場所に正真正銘生きた人間のわたしがいるというのは異様な光景で、思わず笑ってしまった。

 藤原さんを見たバーテン天使は「藤原組長!」「お疲れ様です!」と深いお辞儀をして、昼日中からお酒を勧める。
 前に藤原さんの階級は力天使で、本来組長をやるべき地位のひとではないと聞いた。そんなひとが突然店に来たら、普通の天使たちは接待したくなってしまうのだろう。

「藤宮も梅田も飲むだろ?」

 早速ウイスキーをロックで飲む藤原さんにそう言われたけれど、丁重にお断りした。
 お酒は好きだしお医者さんから禁止もされていないけれど、さすがに出先で飲むわけにはいかない。
 ただでさえ最近は体調が悪くて横になっているのに、出先で酔って帰れないなんて事態になったら、とうごくんに怒られる。

 代わりに梅田さんが犠牲になった。上司からの「俺の酒が飲めねえのか」という明らかなパワハラによって、ウイスキーを呷る羽目になった。
 でもそもそも天使は簡単には酔わないらしく、梅田さん自らおかわりを申し出て、なんなら藤原さんより多く飲んでいた。





< 88 / 114 >

この作品をシェア

pagetop