頬にふれる距離
「疲れてるのは分かるけど、連絡してこい。バカ。私ばっかり会いたいみたいじゃない……」
呼吸するように、するりと唇からこぼれ落ちた言葉。聞いている相手など居ないと思っているからこそついて出た心からの本音だった。
――のだが。
睡眠を貪っている思っていた男の口元が弧を描き、瞼がゆっくりと開く。間近で見た眸に織江の姿が小さく映っていた。
驚きの余り、刹那に織江の背筋が伸びる。ひと呼吸の間の後には、反射的に思わず唇を尖らせていた。
「ひどい!起きていたなら、声掛けてよね」
織江の悪態に男は表情を緩めるのみで言葉を返してはこない。からかわれているように感じられ、織江は不満の意を込め、彼が包まる布団を叩く。次第に、男の笑みは深くなり声までをも上げ始めた。
「何よ、もう!」
未だに布団に包まったままにクツクツと喉を鳴らしながら織江を眺めている。
漸く、笑いに飽きたのか、織江の醜態に飽きたのか。判別に苦しいところはあるものの、身体を起き上がらせた男が口を開いた。
「俺も、会いたかった」
見上げたままに腕を取られ、思いの外強い力で引き上げられた織江はベッドの上へと上げられる。額、瞼に唇をひとつずつ落とされ、抱きしめられた。
男は大きく深呼吸をする。織江と頬を合わせたままに。
「ああ。この匂い、落ち着く。おはよう」
「……もうすぐ、こんばんはの時間ですけどね」
可愛らしくはない織江の返答に、再び男は喉を鳴らした。