頬にふれる距離
男は、織江が差し出した紙幣を、同じ動作で突き返した。余裕さえ感じさせる態度。
「金じゃなく、俺は謝罪の言葉が聞きたい。貴方の口から」
「私が謝罪?貴方じゃなくて?――冗談じゃない」
吐き捨てるように言葉を残し、織江はその場を離れた。
複数の視線を背中で感じながら、織江は思わず唇に歯を立てる。悔しさからだった。ここで振り返ってしまえば負けだと自身に言い聞かせ、ヒールの音を響かせつつ足早に外を目指す。
地上へと続く階段を駆け上がり店外に飛び出したところ、タイミングよく流れてきたタクシーを止める。ドアが開くのと同時に、車内へ身体を滑り込ませようやく、織江はシートに頭を預け大きな安堵のため息を吐き出した。緊張のせいなのか、怒りのせいなのか、唇が震えていた。
運転手へ自宅の住所を告げ、タクシーが動きだす。流れる景色へ視線を向けながら、先ほどの男の言葉が織江の脳裏に蘇っていた。窓ガラスにぼんやりと映る自身の眸を見つめつつ、織江の口からは再び、同じ言葉が零れる。
「冗談じゃないわ」――と。