デブスの不思議な旅 ~恋と変と狂愛?と~
『今日だけだ』という王の言葉に負けて、結局さっきの体勢に戻った。

(……緊張するんですけど……)

桜はずっと困っている。

後ろからいい香りはするし、背中を通して体温は伝わってくるし。
おまけに時々髪をなでたり、そっと耳やこめかみに顔を寄せてくる。

とりとめのない話が、さらに内容が薄くなる。
昨日見たものや、行った場所を話していたのだが、ふと、桜は夕食の前に肩がぶつかった、あの背の高いフードの人物のことを思い出した。

(王様には、言っておいた方がいいかも)

「あの、そういえば王様」

「ん?」

「私の勘違いかもしれないんですけど…私、『魔』を見たかもしれません」

ふと、王の動きが止まった。

「大路ですれ違った人が、黒髪で、黒い目をしていた気がします。私のような」

「……」

「もう夜になるところで暗かったし、たまたま暗い色の髪をした人だったのかもしれないんですけど…」

静かな声で、王が聞いた。

「その話、カナンには?」

「してません。勘違いかもしれないし、もし誰かに聞こえたら大騒ぎになっちゃうかと思ったから」

すると、よくできましたと言わんばかりに、頬に軽いキスが降ってきた。

「わっ……!」

また赤くなって慌てて頬を押さえると、ふふ、と笑い声が聞こえた。
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