月が欠けて満ちる間に、たった一つの恋をしよう
(ちくしょう。この目に弱いんだよ。最初に会った夜もそうだ。この目に──)
矢上は彼女の視線から逃れるように横を向くと
「わかったよ。明日だな」
「やったー! ありがとう。嬉しい!」
「静かに!」
手を叩かんばかりに喜ぶかぐやを見下ろしながら、矢上は込み上げる苦笑いをかみ殺し、わざといかめしい顔をした。
「あ。ごめんなさい。嬉しくてつい」
肩を竦めて謝る彼女に、今度こそ苦笑を隠せなくなった。
かぐやが驚いたような顔で自分を見つめてくるのを不思議に思いながら、彼は胸の内ポケットから名刺を取り出した。
(まぁ懐かれるのは悪い気分じゃねーな)
胸のポケットからボールペンを取り出すと、名刺の裏に自分の携帯番号を書き込み、テーブルへ置いた。
「俺の携帯。あとで連絡してくれ。待ち合わせも決めねぇと駄目だろう?」
「ま、ま、待ち合わせ!? そ、そうだよね、待ち合わせ。待ち合わせだよ! 待ち合わせしなきゃ! ……待ち合わせかぁ……あは」
かぐやは真っ赤になってあたふたとした後、うっとりしたような目でどこか遠くを見ている。
「おい、かぐや?」
「えっ?」
矢上の声に我に返ったらしいかぐやが、弾かれたように彼を見た。
「明日どこ行きたいかも考えておけよ」
「どこ行く、か? あ、え、そうだよね。どこ行こう!?」
狼狽えるかぐやを残して、矢上は彼女のテーブルを離れた。
颯爽と歩く彼の唇に愉快そうな笑みが浮かんでいた事には、本人すら気づいていなかった。