月が欠けて満ちる間に、たった一つの恋をしよう
「気が向いたら覚えておく」
呆気にとられた矢上には、そう言うのが精いっぱいだった。
「忘れてていいよ。私が思い出させてあげるから。思い出せなかったら、新しく惚れて貰うし……なんてね。今日はありがとう、矢上さん」
まだ我に返りきれていない矢上のコートの襟をつかんで、上半身を引き寄せる。
不意打ちに抵抗することも出来ず、上半身をかがめた男の唇に、自分の唇を重ねる。
まるで宣戦布告だとでも言わんばかりの荒々しくて強引なキスだった。
「じゃあね、矢上さん。あ、お迎え来てると思うから、送ってくれなくて大丈夫だよ」
輝夜は駆けだした。
少し走ったところで矢上を振り返り、大きく二、三度手を振った。
つられるように手を振り返すと、彼女は満足そうに笑い、踵を返して駆けだした。
遠くに、やけに場違いなスーツ姿の男が二人ほど見えた。
あれが彼女の言うお迎えとやらだろう。
「もう好きになってるっつーの。馬鹿」
男の呟きは噴水の水音に消えて誰にも届かなかった。