月が欠けて満ちる間に、たった一つの恋をしよう
地上に残された男
「店長」
「んー? 何だ」
矢上はパソコンのモニターを睨みつけたまま答えた。
開け放したドアの向こう側で、アルバイトの西宮が事務室前の廊下にモップをかけている。矢上を呼んだのは彼だ。
「最近、かぐやさん、来ませんね」
「あー? 輝夜? あいつなら帰ったぞ」
「どこに?」
「月に」
事もなげに言った矢上を、西宮が呆気にとられて凝視している。
その視線を感じた矢上は顔を上げて睨んだ。
「んだよ?」
「え、いや。月に帰ったって……。店長、意外とロマンチストだったんですね」
「大きなお世話だ」
矢上は面白くなさそうにふんと鼻を鳴らし、またモニターへ視線を落とした。
輝夜が帰った場所は距離的には月より近い。
しかし、男にとっては月よりずっと遠い場所だ。
矢上の歳になれば、一年なんてあっという間だ。
しかし、まだ若い彼女にとっては長い長い時間だろう。
その長い時間の中で熱病はおさまり、すぐに彼のことなど忘れるだろう。
寂しいことだが、しかしそれで良いと矢上は思う。
彼の心についた引っ掻き傷もいつか癒えるはずだ。
一年では治らなくても、そのうちにきっと。