月が欠けて満ちる間に、たった一つの恋をしよう

「さみぃ──お、今日は満月か」

 通用口の鍵を閉め、矢上は寒さに身を震わせながら空を仰いだ。

 狭い路地から見上げる空は、空と言うのも申し訳ないぐらいに細いが、しかしその真ん中に煌々と月が照っていた。

 足元が明るくてラッキーだなどと思いつつ歩き出す。

 が、数歩歩いたところで立ち止まった。苦虫を噛み潰したような顔をして一点を見つめる。


(明るすぎると余計なもんまで見えちまう。厄介だな)


 舌打ちしたい気分で思った。

 彼の視線の先にはうずくまる人影が一つ。

 普段ならただのホームレスだろうと知らんぷりで通り過ぎるのに。

 見えてしまったのだ。

 スカートから伸びた細く白い足が。

 垂れた髪の間からのぞく白く透き通るような頬が。

 女だ。それも若い。

 その女が身にまとっている服は、一目で高級品と見て取れた。

 決してホームレスが着ているようなものではない。


(わけありか)


 こんな時間に、こんな場所に、身なりの卑しからぬ女が薄着で座っているなど、それ以外に考えようがない。

 関わり合いにならないに限る。

 なのに。

 うずくまった人影は彼の気配に気づいたようで、緩慢な動きで顔を上げ矢上に視線を向けた。

 慌てて目を逸らそうと思ったのだが一足遅く、目が合ってしまった。
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