月が欠けて満ちる間に、たった一つの恋をしよう
「なんだ、喋れんじゃねぇか」
「あ……はい……」
「何があったかしらねぇが、こんな夜中にこんなとこうろついてんじゃねぇよ。表通りに出りゃあ人も多い。さっさと家へ帰れよ」
立ち上がった矢上は、着ていたジャケットを脱ぐと少女に向かって放り投げた。
「え、あの、これ」
「んな薄着じゃあ風邪ひいちまうだろ。安物で悪いが我慢しろ。──じゃあな」
「待って!」
呼び止める少女に、矢上は振り返らずただ軽く手を振って応え、救急箱をしまうべく再び店の中へと消えた。
「全く、らしくねえことしちまったなぁ」
苦笑いとともに、彼は事務室の棚に箱を戻した。
闇に隠れているものをわざわざ暴き出す満月の、その悪趣味さにひとしきり悪態を吐き、男はふたたび帰路についた。
今度は少女の姿もなく、ただしんと静まり返った道が表通りへ続くだけだった。
先程より薄着になった矢上は大きな身震いをひとつして、夜の闇に消えた。