MIRACLE・雨の日の陽だまり~既婚者副社長との運命の再会~
◇無感情、その理由
***

 ―― 俺の名字は、昔は“日下”ではなかった。
 “樋口(ひぐち)”…それが元々の俺の名字だ。

「来人、行ってらっしゃい。今日はおやつに来人の好きなシュークリーム作っておくわね」

「やったー! じゃあ、早く帰ってくるね!」

 小学校三年生で九歳だった俺は、普通の家庭で育つ無邪気な子供だった。
 小さいころから俺はよその子と比べると勉強はできるほうで、いつもテストの点数がよく、母親がそれをよろこんでくれるのがなによりうれしかった。

 母は普段から明るく笑う人だった。
 よく頑張ったねと頭を撫でてくれて、ご褒美としてシュークリームを手作りしてくれる。
 俺はそのシュークリームが大好きで、この日の朝もそれを楽しみにしながら登校した。

 学校が終わって家に帰ったら最高のおやつが待っている。
 急いで洗面所で手を洗い、シュークリームにかぶりつく俺に笑みを向けながら母が紅茶を淹れる。
 いつもと同じようにそんなひとときを迎えられると、呑気にそう思っていた。

 だけどこの日は違った。家に帰ると、どこもかしこも静まり返っている。

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