MIRACLE・雨の日の陽だまり~既婚者副社長との運命の再会~
 俺は冷蔵庫からシュークリームを取り出してラップをめくると、それを両手で掴んで貪りつくように頬張った。
 鼻をすすり上げてボロボロと大粒の涙を流し、むせ返しながら。
 手も口の周りもカスタードクリームでドロドロになっているけれど、そんなことはお構いなしに口の中に無理やり押し込めた。

 泣いているせいか、いつもと味が違う。
 いや……違わないのだろう。母が作るものは常に同じ味だから。

 ―― 俺はこの日を境に、シュークリームを一切口にしなくなった。


 それが小学校三年のときに俺に降りかかった不幸だ。
 たいしたことではないのかもしれない。親が離婚するなんてよくある話だろう。

 ただ、両親の不仲を俺はまったく知らなかったから。
 いきなりさよならも告げずに母親にいなくなられたことは、子供心にショックだった。

 母からすると、あのシュークリームが別れのメッセージのつもりだったのだ。
 最後に俺の好きなものを作って。
 あのころは子供だったから、なぜシュークリームを置いていったのかわからなかったけれど。
 今となっては、そういう意味が込められていたのだと理解できる。

 ひとりで出て行ってごめんねと、母は少しでも俺に対してそう思ってくれただろうか。
 それともそんなことは微塵も思わず、俺は捨てられたのだろうか。

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