僕は君に夏をあげたかった。
「……俺、治療を再開するよ」

「……佐久良くん……」

「またあの病院に戻って、治療をしてもらう。副作用があっても、身体が不自由になっても、それでも諦めない」


佐久良くんが私を腕の中から解放する。

涙を流し続ける私の頬に触れた。


「……松岡さんと生きていくために。この夏だけでなく、秋も冬も春も………ずっと生きていくために。
もう逃げない。自分の病気と体と戦っていく」

「佐久良く……」

「約束するよ。きっと、治療を終わらせて……帰ってくるって」

「…………」


私は何も返事ができない。

何を言えるというのだろう。

私には想像もできないほどの不安と苦しさと悲しみを抱えて、それでも前を向こうと踏ん張る彼に。

私なんかが何を言えるのか。


だから、ただ何度もうなずく。

励ましも、同情も、応援も、言葉にすると空々しくなりそうだったので

ただ彼を見つめて、深くうなずいて、私の気持ちを伝えようとした。


生きていてほしいと。

あなたと一緒に生きていきたいと。

その思い、を。


「………松岡さん」

「……佐久良くん」

「待っていて、くれる?」

「うん………」


ずっとずっと待っている。

あなたと生きていくために。


そして………

私も、もう逃げない。


佐久良くんと生きていくために、変わらないと。
< 102 / 152 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop