僕は君に夏をあげたかった。
「……先週から母さんが来てるんだ」


ぽつり、と。

独り言のように佐久良くんがつぶやく。

母親の話を私にすることに、迷いがあるのかもしれない。

そんな気遣いをさせて申し訳ないと思いながら、私は話の続きを待った。


「……明日、向こうの病院に戻るからさ。その準備とか、医者と話すために来てくれているんだけど……

母さん、俺の顔をみてビックリしてたよ。元気そうだって笑ってた」

「………そう」


それがどこまでおかあさんの本心かはわからないけれど、佐久良くんの柔らかい表情を見る限り、悪い反応ではなかったのだと思う。


「こっちに療養にきて良かったね、って母さんが言うから……俺も言ったんだ」

「なんて?」


佐久良くんが照れくさそうに頬を染める。


「この町で好きな子に再会したんだって。だから、……その子のために絶対病気に負けないって」

「……っ!」

「……いやだった?」

「そ、んなことないけど……。でも、恥ずかしい……」


顔が熱い。

うつむく私の頭の上から、佐久良くんのクスクスという笑い声が降ってきた。
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