僕は君に夏をあげたかった。
もしかして夏の暑さが見せた幻だろうか。

……いやいや、そんなわけはない。

しっかり麦わら帽子はここにあるんだし。



……それにしても、まさか

「まさか、また佐久良くんに会うなんて」


背が伸びて、少し大人っぽくなってはいたけれど、顔立ちや雰囲気はちっとも変わっていなかった。

柔らかい物腰に、儚げな美しさ。

それにスケッチのときの真剣な眼差し。


「……っ」


胸が小さくうずく。

忘れていた微熱が、ちりちりと胸のおくでくすぶっている。


……佐久良くん。

私の初恋の人。


その儚い美しさが。

柔らかい物腰が。

絵を描くときの真剣な眼差しが。


――――大好きだった。


でも、彼は突然転校して、もう二度と会うことはないと思っていたのに。


「……やだ、どうして。……どうして今、会っちゃうの。

こんな……こんなときに……」


麦わら帽子をぎゅっとつかみ、顔を隠すように目一杯深くかぶる。

唇をきつく噛んだ。

そうしないと泣いてしまいそうだったから。



佐久良くん。

叶うならまた会いたいといつも思っていた。

でも、今はだめ。

今だけはいやだ。


こんな……


こんな……消えてしまいたいと思っているときに。


会いたく、なかった。




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