僕は君に夏をあげたかった。
私はそれでも歩みをとめない。

水の冷たさも、ときどきつまる息も、髪や顔をぬらす海水も怖くないといえばうそになるけれど

それよりも、何よりも、佐久良くんなしでこれからも生きていかないといけないことが苦しかった。


「……さっ、くら……く……さくらくっ………ん」


口に入る海水にえずきながら、必死に佐久良くんの名前を呼ぶ。

目の前の闇が少しだけゆらいだ気がした。

そして、なー…と何かを訴えかけるような鳴き声。


「………シジ、ミ………」


目の前がチカッと光った。

船のライトのようだったがどうやら違う。

現れたのは船ではなく、身体を輝かせた1匹の猫だったから。

黄金色に光る毛並みはふわふわで、私の記憶にあるその猫のものとは違っていた。

でも正面から見据えた顔は、その瞳は、間違いなくシジミのもの。

心配そうに私を見つめる表情は、別れの夜にシジミが見えてくれたものと変わりなかった。


「………シジミ」


シジミは私に甘えるように顔をすりよせる。

それは触れることなく、私の身体をすりぬけた。

そんなことからも、目の前のシジミが、もうこの世界の存在ではないことがわかる。
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