僕は君に夏をあげたかった。
「……この町で死んだ人間は、あの海に帰るって言われとるんや」


そうつぶやくと、仏壇へと顔を向ける。

そこには…私が生まれる前に亡くなったおばあちゃんの遺影があった。

写真のおばあちゃんは、おじいちゃんの眼差しに答えるかのように穏やかに微笑んでいる。


「魂が海に帰って、そこから町を見守ってくれる。……町に残した大切な人たちを、ずっと……。昔からそう伝えられとる」

「……海に、帰る……」

「まあ、どこにでもある言い伝えやし、ホンマかどうかなんてわからへんけど、…この町の人間にとってはあの海は特別やってことや」


おじいちゃんはそう言って笑い、話を締めくくった。

そして茶碗に残ったご飯をかきこむと、箸を置く。


「……さ、麻衣ちゃん。今日は疲れたやろ。もう風呂に入って、寝る用意をしたらどうや?」

「そう……だね。わかった。あ、食器は私が片付けるから」

「ええんか?」

「うん。家事は慣れているから、これくらい平気。明日からは、他の家事もお手伝いするね」

「……そうか、ほな甘えよかな。おおきに」

「…………うん」


……夕食の食器を片付けながら、耳を澄ますと波の音が聞こえる気がした。

最近はここまで海の音は届かないらしいから、気のせいかもしれない。

でも、その音はまるで誰かのささやきみたいで

おじいちゃんの言った『海に帰る』という話も、あながち嘘ではないのかもしれない……そんな気持ちになった。

不思議と怖いとは思わない。

ただ、無性に……寂しかった。


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