僕は君に夏をあげたかった。
「……じゃあ、そろそろ始めようか。あんまり暑くなると、大変だし」


佐久良くんは『日記』だというスケッチブックをテトラポットに立て掛け、それとは違うクロッキー帳を取り出した。

もう照れた様子もなく、いつもの儚くも凛とした佐久良くんだ。


「……う、うん」


急に恥ずかしさがこみ上げてくる。

今から本当に佐久良くんのモデルをするのか。

わかっていたことなのに、落ち着かなくてそわそわしてしまう。


「……ぽ、ポーズとかは、どうしたらいいかな?あ、やっぱり海のそばがいい?それともテトラポットかな……っ」

「松岡さんの好きにしていいよ。動いてもいい」

「え、……本当?」

「うん。そのままの松岡さんを描きたいから」


微笑んでそういう佐久良くん。

その笑顔に、言葉に、モデルの恥ずかしさとは違う種類の照れで顔が熱くなっていく。

そして同時に襲う苦しさ。


……今のありのままの私なんて……描く意味あるのかな。


「……松岡さん」

「え……」

「いいんだよ、そのままで」

「……」


まるで見透かしたみたいな佐久良くんの言葉に、また泣きたくなる。

どうして、そんなことを言うのかな。

今の私のこと、なにも知らないはずなのに。



< 29 / 152 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop