僕は君に夏をあげたかった。
「……ごめん。集中してた」


佐久良くんはクロッキー帳から顔をあげ、ちょっと気まずそうに笑う。


「だと思った。でも、一旦休憩しよう。暑さで倒れちゃう。佐久良くんも、私も」

「……そうだね」


佐久良くんはうなずき、クロッキー帳を閉じようとする。


「あ、待って。それは見せてよ。自分がどう描かれているのか見たい」

「え。でも……まだ下絵だから……」

「えー…もしかしてキャンバスで描き上がるまで見せてくれないつもり?」

「まあ……」

「もうー。そんなの待ちきれないよ。モデルには見せてくれてもいいじゃない」

「うーん……」


どうやら佐久良くんは下書きを見られるのに抵抗があるらしい。

その気持ちはわからなくはないけれど、私だって自分がどう描かれているかわからないのは気持ちがよくない。

少ししつこくお願いすると、佐久良くんはやや不本意な様子ながら折れてくれた。

眉尻を下げた困った笑顔でクロッキー帳を差し出す。 

ドキドキしながら私はそれを開いた。


「……わあ」


……1時間の間にこんなにも描けたのか。

クロッキー帳の中には、私が何枚も何枚も存在していた。

それもとても美しく、息づかいを感じるほどに生々しかった。

波打ち際を歩く私。しゃがんで貝を探す私。波に足をとられる私。

ここに、私がいる。

サラッとしたデッサン画ながら1枚1枚確かな存在感を放っていた。


「すごい…」


自分がこんな風に描かれるなんて。

佐久良くんの絵の才能と、その全てを映しとる眼差しをあらためてすごいと思った。


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