僕は君に夏をあげたかった。
「……さみしいって、シジミが?」

「うん。だって、それじゃあ、もう誰もシジミの家族にはなれないってことでしょ?シジミはこれからずっとひとりなんでしょ?」

「……そうだね」


佐久良くんはシジミがいなくなったほうを遠くを見るように眺めた。

そこにはもうシジミの姿はない。


「でも、シジミ自身は案外平気なのかもしれないよ。
だって、シジミの中には家族と過ごした思い出もあって、それが何より大切で。
シジミは他に代わりがいらないほど、家族の記憶や存在で満たされているのかもしれない……」

「…そう…なのかな」

「……でもさ
俺たちは、……ちょっと寂しいね」

「……」

「……もっとシジミのそばにいてあげたいよね」

「…………うん」


もしかしたら
本当にさみしいのは、シジミじゃないのかもしれない。

ひとりで生きていくのはさみしいだろうと………シジミを見てそう思っている私たちが一番さみしいのかもしれない。


どうしてだろう。

胸が、痛い。



「……松岡さん」

「……え?」

「今日はもう帰ろうか。松岡さん、家で昼ごはん食べるんだろう?」

「…………ん」


猫缶を片付け、商店街を出ていく。

なんとなく足が重くてノロノロ歩いていると、佐久良くんが歩調を合わせてくれる。

おかげで2人してやたらゆっくり歩いてしまっていた。


「……松岡さん、明日もまた会える?」

「………う、ん。大丈夫」

「じゃあ、また海で」

「うん……。あ、あと……」

「なに?」

「またシジミに会いたいな…」


佐久良くんが意外そうに目をしばたかせ、それからすぐにニッコリ笑う。


「うん。行こう。またごはんあげにいこう」


そっと彼の手が私の手に触れた。

ゆっくり、自然にからめられる手と手。

私はドキドキしながら、きゅっとその手を握り返した。

夏の空の下、私たちは初めて手をつなぐ。

佐久良くんの手は、思っていたより大きくて、冷たかった。
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