僕は君に夏をあげたかった。
「……麻衣ちゃんが最後にここに来たのは、いつぐらいやったかなあ」


ハンドルを動かすおじいちゃんが、私に尋ねるというよりは、独り言のようにつぶやいた。


「まだ、こんな小さかったなあ。小学校にもなってへんかったんちゃうやろか。恵美子に手を引かれて……懐かしいなあ」


本当に懐かしそうにそう言うと、隣に座る私を見て、目を細めた。


「麻衣ちゃん、今いくつやっけ?」


「16。高一だよ」


「そうか。もうそんなんになるんか」


おじいちゃんがくしゃりと笑う。

その笑い方に、おぼろ気な記憶の、昔のおじいちゃんの姿が重なって見えた気がした。

あいまいな面影が、ふしぎと懐かしい。


私はここに来て初めて、わずかではあるけれど安堵の気持ちを感じていた。



「……ほら、麻衣ちゃん。もうすぐ海が見えてくるで」


そう言ったとほぼ同時、右手側に連なっていた山がパッと開け、水平線が現れた。

太陽の光を反射させ、眩しいほどにキラキラ輝いている。

透明な白とブルーのグラデーション。

その上でゆらゆらと揺れるように光が踊った。


私は思わず目を細め、その光に見入る。

途端に潮の香りが強くなったように思え、大きく息を吸い込んだ。


「……きれい」


本当に無意識に、その言葉が口からこぼれ落ちた。

おじいちゃんが『ははっ』と楽しそうに笑い声をあげる。


「やっぱり麻衣ちゃんには、海は珍しいか」


「うん。前の家も、……今の……家も、海なんて遠くて、全然見えないもん」
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