僕は君に夏をあげたかった。
訪問者
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西日が差し込む美術室。
飾られた油絵も、やや乱雑におかれた石膏像も、描きかけのキャンバスも、橙色に染まっている。
私はこの橙がとても好き。
月並みな言い方になるが自然が生み出した色。
これは太陽が作った絵の具だと思う。
やがて下校を促すチャイムが響き、それまで部活にうちこんでいた生徒たちもいそいそと帰り支度を始めた。
それは私も同じ。
途中の絵をしまい、絵の具を片付け、エプロンを脱いで、軽く身なりを整える。
それからまだキャンバスに向き合う同級生に声をかけた。
絵を描いているときの彼はすごく真剣で、本当はそれを中断させることにためらいを覚える。
でも放っておいたら、彼は真夜中になっても絵を描いているかもしれない。
ありえないだろうけど、そう思えるのだ。
『……佐久良くん、下校時間だよ』
何度か呼び掛けると、ようやく彼……佐久良くんの筆は止まった。
『……ああ、松岡さん』
『今日はもう帰ろう。美術室、閉めちゃうって』
そう言って、私はこちらの様子を伺う先輩たちを指差した。
佐久良くんは『すみません』と先輩に一礼し、少し慌てた様子で片付けを始める。
描きかけの絵を大事そうに抱えると、準備室の奥へと運んでいった。
……佐久良くんの絵。
それは一面のブルー。
鮮やかな、真夏を思わせる海の絵だった。