僕は君に夏をあげたかった。
『……ね、あれってどこの海?』


その日の下校中。私は佐久良くんに尋ねてみた。

とても鮮やかなその海は、ビルに囲まれたこの街からは見られないはずだ。


『んー、特に考えてないんだ。写真とかでみた海のイメージっていうか……。俺、昔からあんまり外出しなくて、ほんものの海って見たことないから』

『そうなの?』

『うん。だから憧れているのかもしれない。
いつか……のときは、海の近くがいいな』

『…え?』


最後の方がよく聞き取れず、聞き返す。

でも佐久良くんは曖昧に微笑むだけで答えてくれなかった。

そうしているうち、私たちは分かれ道に差し掛かる。


『……じゃあ、私、こっちだから。スーパーで買い物してから帰るの』

『そっか。松岡さんって家事を自分でやっているんだっけ。大変だね』

『全然。もう慣れたし。お父さんは仕事忙しいし。私ができること頑張らないと』


じゃあね、と私たちは手を振って別れた。

私はそのまま駆け足でスーパーへと向かう。


……小学生のときお母さんが死んでから、家のことは私がほとんどしている。


そのせいで回りの友達に比べ、自由な時間は少ないかもしれない。

でも私はそれを大変だなんて思わない。

家事はそれなりに楽しいし、それに仕事が大変なお父さんの助けになりたい。

だってお父さんはたった一人の家族。

お父さんには私しかいないんだもん。


***
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