僕は君に夏をあげたかった。
結局、シジミを連れて商店街へ行くことになった。

堤防をのぼり、商店街に続く道をゆっくりと歩く。

シジミは佐久良くんに抱きかかえられ、大人しくしている。

その様子は可愛かったけれど、同時に違和感を覚えるものでもあった。

最近はほとんど毎日佐久良くんがシジミにごはんをあげていたし、シジミも彼になついているのは知っていたけれど

今までのシジミはどこかで人間と一線をおいているような、本当の意味では馴れ合わない感じがしていた。

それが、まるで佐久良くんにすべてをゆだねるようにもたれかかって甘えている。

いや、甘えているというよりは、まるで……


「……どうしてシジミ、海まで来たのかな」


そうつぶやく佐久良くんの表情もなんだか不安そうだ。

シジミを優しく撫でながら、心配そうにため息までついている。


「まるで、何か伝えたいことがあるみたいだ……」

「……そんな、考えすぎだよ。
きっと、夏休みで、どこにいても子供がうるさいからだよ。静かなところを探してうろうろしていたんじゃない?」


本当は、私も佐久良くんと同じように思っていたけれど、あんまりにも心配そうにしているから、つい冗談みたいに流してしまう。

佐久良くんは少し固い笑顔で『そうだといいな』とつぶやいた。

こういう顔をすると、佐久良くんの儚さが際立つ。

そしてやたら白い顔色や、細い首筋、ときどきこぼれる小さなセキが気にかかってしまう。

いつもは明るくて、ニコニコしているから忘れてしまうけれど

そのうちに、彼はふっと消えてしまうんじゃないだろうか。

そんな恐怖で一杯になってしまう。


(……手を、つなぎたいな)


佐久良くんが消えないよう。いなくなってしまわないように。

その手をつないでおきたい。


気づけば、私は彼へと手を伸ばしていた。

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