僕は君に夏をあげたかった。
**あの日の出来事**
それは中学3年生の初冬。
高校受験を控え、いよいよ志望校も最終決定しようかという時期だった。
「……麻衣子、少し話がある」
珍しく早めに帰ってきたお父さんが、夕食のあと真面目な顔をして私にそう言った。
私はその様子に少し不安になったけれど、ちょうど自分もお父さんに話したいことがあったので、素直に従った。
リビングのソファーにお父さんと向きあう形で座る。
お父さんは少しの間、迷うようにそわそわしていたけれど、やがて真っ直ぐ私を見据えた。
「お父さん?」
「……麻衣子、もうすぐ受験だな」
「う、うん」
「志望校は決めたのか?」
「あ、うん…!あのね……」
それは、まさに私がお父さんに話したいと思っていることだった。
嬉しくなり、ちょっとはしゃぎながら、家からやや離れたところにある高校の名前をあげた。
制服が可愛いと評判の学校で、美術部も部員が多く充実しているらしい。
それに一番の親友のカオリもそこを受験すると言っている。
私たちは一緒に合格できるように頑張ろうね、とお互い励ましあっていた。
「……ね、そこでいいでしょ、お父さん」
「ああ、んー……」
「確かにちょっと偏差値は高いけど、今の私の成績なら大丈夫って先生も言ってるの。ねえ、私、勉強がんばるから」
「いや、その、な……麻衣子……」
「ん?」
「実は、父さんな……転勤が決まったんだ」