僕は君に夏をあげたかった。
「……転、勤?」


それはまさに寝耳に水の出来事。

予想もしなかった言葉に私の思考は完全に固まった。


「父さんの会社な、大阪に支社ができることになって……そこの支社長になるよう辞令が出たんだ」

「……おおさか……」


おうむ返しのようにお父さんの発した単語を繰り返す。

大阪……。

そんな遠いところに行くなんて。

当たり前だけれど引っ越しをしないといけない。この街を出ていかないといけない。

高校だって……

カオリと約束していたところに行けないんだ。


「麻衣子……」


お父さんが申し訳なさそうに私を見る。


「すまん。高校受験の大切なときに。せっかく行きたい高校も決まっているのに……」

「………お父さん」


ひどくつらそうなお父さん。

そんな顔をしてほしいわけじゃない。

お父さんはいつも仕事が忙しくて

それでもきちんと私との時間も作ってくれていて

いつもいつも大変そうだった。


詳しいことはわからないけれど、支社長になるというのは、きっと出世……おめでたいことだ。

忙しいお父さんが報われたんだ。
 
それなのに、私がお父さんを悲しませてどうするの。


(……しっかりしなきゃ、麻衣子)


私はちゃんとお父さんを支えないと。

だって……私たちは2人きりの家族。

お父さんには私しかいないんだもん。

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