僕は君に夏をあげたかった。



おじいちゃんの家から、海は本当に近かった。

玄関を出て、すぐ脇にある小路を抜けると、少し大きい道路にでる。

そこを渡ると、もう右手には堤防が見えてくるのだ。


まさに徒歩5分。

いや、正確には5分もかかっていないだろう。


これだけ近ければ、家に潮の匂いが届くのもよくわかる。

おじいちゃんの話では、テトラポットが置かれるようになるまで、夜には波の音が家にいても聞こえてきたらしい。


「……本当。私の家じゃ、考えられないな」


一人でそうつぶやくと、私は堤防の急な階段をのぼった。

階段は本当に急で、しかも細かい砂がたくさん落ちている。

滑らないよう、赤さびに侵された手すりに必死にしがみつき、一歩一歩慎重にのぼっていった。


「……はあ……もうっ……」


すでに汗でびっしょりだ。

遠くから聞こえる蝉の声にバカにされているように思えた。


(……私、何を汗だくでがんばっているんだろう)


ふと我に返るとむなしい。




……でも


「………わあっ」


堤防をのぼりきったとき、眼前には透き通るような海が広がっていた。

遮るもののないそれは、どこまでも広く透明で、空の色を映しこみ青く光っていた。

白い砂浜には誰の姿もない。

波の音だけが鼓膜に優しく響く。

その音に合わせるように、陽の光が踊るように海面で輝いた。


ふと、潮風が私の髪をゆらし、もてあそんだ。

それだけで貼り付くような汗が乾いたような気がする。

残るのは、鮮烈な海の匂い。


「…………っ」


こんな気持ちは初めて。

悲しくもないのに、泣きそうだった。
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