僕は君に夏をあげたかった。
そのあとは少しだけ心が軽かった。

美術部に入ったら、学校が楽しくなるかもしれない。田中さんと仲良くなれるかもしれないし、他にも友達が出来るかもしれない。

それに、それに……

家に帰る時間が遅くなるから、あずささんと顔を合わせることも減るだろうし。

なんて考えると、胸がすっとするのを感じた。


そして放課後、勇気を出して田中さんに話しかけてみようとすると、すでに田中さんは友達と教室を出ていくところだった。


(……仕方ないか。また明日にでも声をかけてみよう)


今日は諦めて帰ろうと教室を出ると、田中さんたちの会話がかすかに聞こえてくる。


「……そういや田中ちゃん、美術の時間大丈夫やった?」

「なにが?」

「松岡さんと組んでたやん?なんかごめんなー。あの人、ちょっと恐くない?」


…なにそれ。

(………ごめん、ってなに。私は謝られるほど、嫌な存在なの?)

胸がまた重く沈んでいく。

一度浮き上がった分、その重みがひどく苦しい。


「別に普通やで。大人しい子やなーとは思うけど。
あれちゃう?東京弁やから恐いと思うんちゃう?」

「あー、それや。わかるわかる。やっぱりなんか言葉が、なあ……?」

「そうやねん。松岡さんが悪いわけやないけど、ときどき『~じゃん』とか言われたら、ギョッとするやんな。えー、めっちゃキツイーみたいな」

「普段、東京弁なんか生で聞かんからな」

「わかるー。みんな大阪弁じゃん?」

「ちょっ……やめてや、キモい」


田中さんたちの笑い声が響く。

私はその場から動けず立ちすくんでいた。
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