僕は君に夏をあげたかった。
「ほら、麻衣子。早く手を洗ってきなさい」


立ち尽くす私にお父さんがじれたように声をかける。


「私、いらない」

「麻衣ちゃん……」


また。

いつものようにあずささんが悲しそうな顔をする。

そして私はそれにいら立つ。


「お腹すいてないの。今日は晩ごはんいらない」

「麻衣子、ワガママばかり言うんじゃない。お前の好きなロールキャベツ、作ってくれたんだぞ」

「だって……だって、ロールキャベツは……」

「それに、……今日は彼女の……あずささんの誕生日なんだよ。だから家族みんなで食事をしたいんだ」

「…………は?」


あずささんはうなずき、かすかに頬を染めた。


「麻衣ちゃん、お願い。わたし麻衣ちゃんとゆっくりお話がしたいの。麻衣ちゃんとお父さんと、3人でお食事しましょう」


そう言うと、いそいそ食器を運び食事の用意をする。

お父さんは『早くしなさい』と、もう一度私を促した。


…誕生日?この人が?

だから家族で食事ってなに?

お父さん、あずささんの誕生日だから早く帰ってきたの?

私を思いやるようなこと言っておいて。

結局、この人のためなんじゃないか。


鍋の中湯気をたてるロールキャベツ。

私の好物。

これは、…お母さんの得意料理だった。

お母さんが死んでから、あの味を作りたくて、何度も何度も練習したものだった。

それを………!


「ふざけないで…!!なに考えてんのよ!!!」


リビングに私の絶叫が響く。

あずささんが身をすくませ、お父さんはギョッと目をむいた。
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