僕は君に夏をあげたかった。
あなたのぬくもり
まず向かったのは商店街。

汗だくで走り、いくつかの店の人に話を聞いてみたけれど、シジミを見かけた人はいない。

もしかしたらと思い、かつて本屋があった場所にも行ってみたがそこにもシジミの姿はなかった。


「……シジミ」


どうしてだろう。

こうして町を歩きながら、私は奇妙な感覚を感じていた。

直感と言ってもいい。

もうどこにも……この町のどこにもシジミはいないような。

わけもなくそんな気がするのだ。


(…だめ。そんなこと考えたら絶対にだめ)


そう思えば思うほど、嫌な感覚は強くなる。

昨夜、あんなに近くにいてくれたのに、そのときのシジミの顔が今は思い出せない。

どんな目で私を見ていた。

どんな声で鳴いていた。

それがぼんやりと霧がかかったように曖昧で、ハッキリと思い出せないのだ。


ふと、以前なにかで読んだ『死の直前、生物はその存在がひどく希薄になり、曖昧になる』という言葉が浮かんだ。


(……やだ、やだ。なにこれ。なんでこんな風に考えちゃうの……)


不吉なことばかりを考えてしまう自分が許せない。

そんな自分を叱るように唇をきつく噛みながら、町中を順番に見て回っていく。
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