僕は君に夏をあげたかった。
おじいちゃんの話では、この海は遊泳禁止になったが、防波堤で釣りをしている人はときどきいるとのこと。

でも、今、あそこにいる人物は釣りをしているわけではないようだった。


遠いので何となくしかわからないが、多分男性。

麦わら帽子を被り、白いTシャツを着ている。


彼は、顔を伏せたりあげたりを繰り返し、膝に置かれたノートのようなものに、書き物をしているようだった。

ときどき、筆記具を持った腕をスッと前に出し、何かを測るような仕草を見せる。


(……もしかして、スケッチをしているのかな)


あの仕草には覚えがあった。

私自身、中学時代は美術部だったので、よくああして描いていたものだ。


そう気づくと、見ず知らずのあの人物にふしぎと親近感のようなものが生まれてくる。

砂浜を踏みしめるようにして、ゆっくり防波堤の方へと歩いて行った。


彼は私が近づいていることなど全く気づかず、スケッチに没頭している。

深くかぶった麦わら帽子のせいで顔はよくわからないが、きっと真剣な表情だろう。


距離が縮まるにつれ、その姿がハッキリ見えてきた。

意外に若く、年は多分私とほとんど変わらない。

白いシャツ、やや色あせたジーンズ。浮かぶ身体のラインは細く、男の子にしては華奢にも思えた。


ふいに、彼が空を見上げた。

すると帽子がずれ、隠れていた目元があらわになる。


「……え……っ!」


気づけば声が出ていた。

それに反応するように、彼が私の方を振り向く。


目が、かちりと合った。




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