僕は君に夏をあげたかった。
「松岡さん、そんなふうに思わないで。シジミはきっと君に優しくしてほしくて会いに行ったんじゃないよ」

「……で、でも……」

「シジミは多分、自分に似ている君と気持ちを重ねたかったんだ。だからね、松岡さんが、亡くなったお母さんを思う様子を見て、きっとシジミは嬉しかったと思う」

「……ほ、本当に……。本当にそうかな。そう……思う?」

「うん。シジミの最後は君で良かった。だからシジミは、その首輪を置いて行ったんだ」

「………」


私はシジミの首輪を胸に抱き締めた。

もう色もあせて、古ぼけた首輪だったけれど、何より美しいものに思えた。


「松岡さん……」

「……佐久良くん、ありがとう。そんなふうに言ってくれて……すごく安心した……」

「ううん。……最後に一緒にいたっていうのは、きっとつらいよね。でも、…松岡さんがいてくれて良かった」

「……佐久良くん」


その言葉に救われたような気持ちになる。


佐久良くんの優しい笑い顔。

穏やかな声。

私を包み込んでくれるような優しさ。

この人の全てが、ささくれだった私を許してくれる。


そう……佐久良くんは優しい。

ずっと、この海で再会する前からも、してからも。


昨日のことだって、私を思って言ってくれていたのに

私は、自分の気持ちばかりを大事にして突っぱねてしまっていた。


「……佐久良くん、昨日はごめんなさい。佐久良くんは私のことを考えて言ってくれていたのに……」

「松岡さん……」


佐久良くんは驚いたように目を見開き、小さくかぶりを振った。
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