僕は君に夏をあげたかった。
「……松岡さん?」

「これ、海に流そうかな」

「え?」

「そうすればきっと、シジミの飼い主に届くよね」


別に本気でこの海の伝承を信じているわけじゃないけれど

あのときシジミが海にやってきたことに理由があるとしたら

シジミが本当に最後に会おうとしたのは、きっと……


「……シジミ」


打ち寄せる波の中をゆっくり進む。

少しだけ海の中に入り、そこから首輪を遠くに投げた。

水平線に届くように。白波が受け止めてくれるように。

首輪は白い波を立てて海へと落ちて、ゆっくり沈んで言った。


「……ありがとう、シジミ」


そうつぶやくと、海の中、小さな波しぶきがたったような気がした。



「……松岡さん」


佐久良くんが私のとなりに立ち、手を握ってくれた。

海に立ち、私たちは見つめあい、微笑み合う。


「シジミの飼い主に届くといいな」

「大丈夫だよ。きっと……」

「うん……」

「それじゃあ、帰ろうか」

「うん」


濡れた足で砂浜を歩き、海を出ていく。

砂が足にまとわりつく感覚。

あまり気持ちいいとは言えないけれど、佐久良くんがとなりにいてくれているから、それすらも嬉しかった。


夏の海。

私は大切なものを見つけた。

佐久良くんがいてくれたらそれでいい。

居場所を失った私のかけがえのない居場所。

彼が一緒にいてくれたらそれだけでいい。


そう思った。

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