僕は君に夏をあげたかった。
(もしかして…)


沸き上がるかすかな希望。

でも、すぐにそんなわけはないとそれを打ち消す。


…どうせ。おじいちゃんの知り合いだ。

お祭りのことでおじいちゃんを訪ねてきたんだろう。

私が出てもわからないし、居留守を使おう。

いないと気づけば、お祭りに行ってくれるはずだ。


……が、呼び鈴は、諦める様子もなく再び鳴らされた。


(……無視、無視、無視)


さらにもう1回。


「…………」


なんだか自分のしていることに罪悪感を感じる。

これだけ鳴らしてくるということは、よほど急ぎの用なのかもしれない。


「………うう、仕方ない。
はーい…今出ます……」


重い足取りで玄関まで出たとき、私の心臓は大きく跳ねた。

扉越しのシルエット。

それは見覚えのあるもの。

ずっと、……待っていた人。


「………っ!」


私は勢いよくドアを開けた。

そして、そこに立っていた人を見た途端、涙がこぼれだした。


「………さくら、くん」

「こんばんは、松岡さん」


佐久良くんが浴衣を着て微笑んでいる。

いつもの柔らかい笑顔。

でも、顔色は夜の街灯のあかりでもわかるくらい悪いし、首筋も手足も、少し見ないうちに痩せて細くなっていた。


「……少し遅れちゃったけど、迎えに来たよ。お祭り、行ける?」

「………どうして。どうして……佐久良く……っ」


はらはらと流れ落ちる涙。

佐久良くんはそれを指でぬぐうと、ちょっと困った笑顔になった。


「ごめん。……待たせて、ごめんね」

「………っ、佐久良く……」


私は彼の胸にとびこみ、その身体を抱き締めた。
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