僕は君に夏をあげたかった。
「……何年も治療を続けても、ちっとも良くならなかった。それどころか、薬の副作用で身体がどんどん自由じゃなくなっていって、まともに絵を描けないようになっていったんだ。

そのころ……自分の残りの寿命について、主治医の先生が話してくれた」   


病気が完治する可能性はゼロではないか極めて低いこと。

このまま治療を続けたら、副作用はどんどん重くなっていくこと。

でも治療をやめてしまうと、余命はほんの数年であること。


「まるで……死にかたを選べと言われているみたいだったよ」


副作用でだんだん身体が動かなくなることを選ぶのか

一時の自由と引き換えに、残りの人生をごくごくわずかにするのか


「それからは、毎日泣いていた気がする。情けない話だけどな」

「そんな………」


私まで泣いてしまいそうになる。

でも、ここで泣くのは佐久良くんに失礼な気がして、歯をくいしばって必死にこらえた。


「毎日泣いて、泣いて……いっそこのまま、まだ身体が自由なうちに自分で命を断とうかなんて思ってしまっていたとき、……テレビである映像を映していたんだ」

「………映像?」

「……海の特集だった。それは外国の海だったんだけど、その青い色を、寄せる波を、かがやく水平線を見たとき、胸が震えたよ。

そして思い出した。中学のとき海に憧れていたことを。いつか本物を見たいと思っていたことを。

もしも、人生を終えるなら、海のそばがいいと思っていたことを」
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