僕は君に夏をあげたかった。
佐久良くんはそこまで言うと、一つ息をはいてから、眼前の海へと目をむけた。

夜の暗い海は、花火の色をゆらゆら揺れながら映し出している。


「俺は親や主治医に相談してみたよ。海の近くに行きたい。そこで……ゆっくりしたい、と」


それはほとんど治療をやめたいと言っていることと同じ意味で。

佐久良くんのご両親はひどく悲しみ、反対したらしい。

でも主治医の先生だけは、佐久良くんの気持ちをくんでくれた。

確約はできないけれど、夏の間だけくらいなら、治療を少し休んでもおそらく病気の進行はあまりないだろうと、いったそうだ。


「…この町の病院は主治医が紹介してくれた。それまで入院していたところに比べると小さいけれど、俺の病気に対して知識を持った先生がいるからと言って…。

もっとも、設備不足で治療はできない。ここでできるのは、病気の進行を少しでも遅らせることと、苦痛を和らげること。俺には……それで充分だった」


「佐久良くん……」


「この町にきて、体調のいい日は海に行って、そこで絵を描く。
町の人はやさしくて、俺にも昔からの知り合いみたいに接してくれて、すぐにこの生活に慣れることができた。

今まで副作用でうまく動かなかった腕も、ふしぎとここでなら昔みたいに動くんだ」


腕を伸ばし、ぐー・ぱーを繰り返してみせる佐久良くん。


「ここでの暮らしは穏やかで、……俺はこのまま死んでしまうのだろうと、それでいいと思うようになっていたよ」


「………っ、そん……な……っ」


「………でも、でも……さ。

君に……再会した」
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