福縁
一年 春 ①
『好きの反対は嫌いではなく無関心。』
現代文の先生は、自身が一番好きだという有名な言葉を交えて、おもしろく、わかりやすい自己紹介をした。先生は背が低く、少し前髪が後退しているが、それが入学したての僕達には話しやすく、親しみやすそうだ、という印象をもたらす。
「じゃ、みんなにも自己紹介してもらおうかな。出席番号順にして、一番は、えーと...アサヒ カセイ君」
ものすごい上手いこと言った、みたいな顔でこちらをみてくる先生だったが、残念ながら最初のホームルームと英語、数学、そして今回の現代文の時間の計四回、つまり、担任を含めた四人の先生方が僕の名前をわざと間違えているので、ほとんどの生徒が笑わなかった。いや、ほとんど、というより隣の席の女子以外は全員、だ。その女子は四回とも無駄に大きなリアクションを見せ、僕は彼女に一抹の嫌悪感を抱いている。
先生にしっかりと名前を訂正したあと、僕は高校に入って三回はやったであろう自己紹介を話し始める。クラスメートのほとんどは同じ話を数回聞いているので教科書を眺めたり、隣の人と話をしたりしている。
自己紹介を終わらせた僕は彼女に嫌悪感を感づかれないよう細心の注意を払って気になっていたことを尋ねた。
「君は僕の名前が間違われるのがそんなに楽しいのかい?」
少し驚いた顔を見せた彼女はすぐに口の端をつりあげた。周りから見れば笑っているように見えるのだろうが、僕はバカにされているとしか感じない。
「いやいやいや。君の名前を気に入ったんだよカセイ君。アサヒ カセイなんて素敵な名前を笑うわけないじゃないか」言っていることと不釣り合いなバカにするような笑みを変えずに彼女が返答する。
「そう言えば、カセイ君、君は部活は何に入るんだい?自己紹介では言ってなかったけど」
口を開けて返答しようとしたら、彼女はおもむろに立ち上がった。どうやら、自己紹介の番が回ってきたらしい。
彼女の自己紹介を何回か聞いて分かったことは、彼女の名前が北山夕陽、ということ。
彼女と僕の出身中学は近い、ということ。
あとは、吹奏楽部に入ろうとしている、ということ、だ。
今までに聞いた自己紹介と大して変わらない内容を話した彼女は、座って僕の方を向き、手のひらをこちらに向ける。さっきの会話の続きを促しているのだろうが、なぜそんなに偉そうなのか、と疑問に感じる。指摘してもよかったが、めんどくさくなりそうなのでやめておく。
「えっと、部活に入るか、どうか、って話だったよね。答えは『NO』だ。家の金銭面が厳しくてね、バイトをするんだよ。あと、僕の名前はカセイ、じゃなくてヨシナリ、だ」
「それは大変そうだね。私、君はサッカー部とかだと思ってたよ。予想が外れちゃったね」
「中学ではサッカーをやってたから、あながち間違えではないよ。そして、名前については清々しいほどのスルーを見せたね」
「あ、そうなんだ。名前に関しては、私はカセイ君の方がいいと思うな!」
「僕の十五年間を否定されるとは思っていなかったよ」
「いやいやいや。さっきも言ったけどカセイ君の方が私が個人的に気に入ったって話だよ。君の十五年間を否定するつもりはないよ」
「ヨシナリより、アサヒ カセイの方がいいって。うすうす感じてはいたが君は少し変わってるね」
「変わってる、とは随分ひどいことを言うなー。これでも名前フェチのユウヒで有名なんだよ。その私に気に入られたんだから喜んで欲しいよ!まったく、最近の若者は」手のひらを天に向け、首を振る仕草をする。いちいち大きなリアクションをとる彼女に、少しイラつく。
「いろいろツッコミどこはあるけど、まずはこれだね。名前フェチで有名っていうのは絶対に気のせいだよ」
「私の三ヶ月を否定されるとは思わなかったよ」
「三ヶ月ぐらいなら大した影響はないよ」会話の内容がバカらしかったからか、声が大きかったからか、何人かの目がこちらに向いている。恥ずかしくなり下を向
「カセイ君、私たち注目を浴びてるよ。なんでだろうね、私が美人だからかな」気持ちいいほどの笑顔を見せてこちらを見ているが、これ以上失態を晒したくないので、気付いていない振りをする。彼女と話すとボロがでそうだ。