ビタームーン
1
(そうか、この人とも、もうすぐお別れか……)
安ホテルの真っ白いリネンに沈められた亜奈は、自分にまたがって腰を振る男の胸板を冷ややかな気持ちで眺めていた。
たっぷりとした愛撫のおかげで蜜壷はすでに快楽で満たされている。だが、亜奈の深部をえぐろうと腰を遣い、額に汗をかく男の動きさえもが滑稽に感じるのは、これが最後のセックスになるかも知れないことを感じているからだ。
それに、背中に擦れるシーツの安っぽい肌触りも不快だ。
洗濯を繰り返して少し古びれているのは我慢できる。だが、クリーニング済みであることをアピールしようというつもりなのか、やたら糊が効きすぎていてゴワゴワする。
ついに亜奈は、両手を突っ張って男の胸板を押し返した。
「ミツくん、ちょっとタンマ」
相手は幼稚園の頃から見知った幼馴染だ、拒否のことばを言うのも気安い。
大人になって体を重ねる関係となった今、さらに気安い。
「ごめん、今日はちょっとやめない?」
男は上半身を引き起こして、実に横柄な舌打ちをした。
「ち、さんざん貢がせておいて、それはないだろう」
この男、綺麗な顔立ちをしている。
彫刻のようなホリの深い目鼻立ちに、やはり彫刻のようになめらかな赤銅色の肌、そして軽く天パのかかった髪までもが、少し日本人離れした野趣ある美しさなのだ。
その美貌を憎々しげに歪めて、鼻の上にシワまで寄せた怒りの表情は凄まじい。男の威圧感をもって女の体を支配しようという魂胆が透け見えていて、亜奈の神経を逆なでする。
「貢がせておいてって……だから、食事代もワリカンにしようって言ったじゃない!」
亜奈はピシリと言い放つが、男の態度は少しも揺らがない。冷酷に見せようというのか、唇を少しだけあげてカミソリのような笑いを浮かべる。
「ふん、女に金を出させるほど生活に困っているわけじゃない。ただ、支払ったものに見合う対価を……」
ここで彼は、何に思い当たったか急に言葉を飲んだ。
「もしかして……」
不安げに首をかしげ、亜奈の顔を覗き込む。
「悦くなかった?」
さっきとはうってかわって、まるで子犬のように頼りない表情だ。声もわずかにふるえているか。
「それとも、具合でも悪いのか?」
こういう時の彼は好きだ、と亜奈は思う。
少し顎を引いた上目遣いは小さいころからのクセだ。熱を確かめようと額に当てられた手も幼いころに学校まで手をつないで通ったあのころのまま……そして、体に灯る熱を初めて教えられたあのときのまま……
――お互いに初めて同士で、ただ拙いだけのセックスだった。
私はうまく脚を開くことさえできず、ふとももをなぞる彼の手を震えながら受け入れた。
そして、彼の手も……私の秘所に触れる瞬間、確かに震えていた。
もどかしげに蜜をすくい、花弁のような肉器をそっと開く、そのときの彼の指先を思い出すだけで、体の奥がずくんと脈を打つ――
「ミツくん……」
彼は勢いのなくなった肉牙を、それでもいまだ亜奈の中に突き立てたままでいるのだ。その膣道のわななくさままでをつぶさに感じたことだろう、にやりと笑う。
「なんだ、元気じゃないか。じゃあいいだろ、させろ」
彼は抱きしめるように亜奈に覆いかぶさり、静かに腰を沈めてゆく。
「でも……つらかったら、ちゃんと言えよな」
付け加えられた優しい一言が決定打だった。もはやシーツのごわつきさえ気にならないほど、亜奈は欲情していた。
「ミツくん……ミツくん!」
彼の名を呼び、首筋に細い腕を絡めて……亜奈は熱い吐息を吐きながら考えた。
(体の相性はいいのよね、そこだけは惜しいかも)
これは、もうすぐ他人のモノになるオトコの体……それがたまらなく憎らしく思えて、亜奈は本能の赴くままに、彼の背中に強く爪をたてる。
彼との別れを予感したのは今年の初め、まだコートを着なくてな出歩けないような季節のことだった……
安ホテルの真っ白いリネンに沈められた亜奈は、自分にまたがって腰を振る男の胸板を冷ややかな気持ちで眺めていた。
たっぷりとした愛撫のおかげで蜜壷はすでに快楽で満たされている。だが、亜奈の深部をえぐろうと腰を遣い、額に汗をかく男の動きさえもが滑稽に感じるのは、これが最後のセックスになるかも知れないことを感じているからだ。
それに、背中に擦れるシーツの安っぽい肌触りも不快だ。
洗濯を繰り返して少し古びれているのは我慢できる。だが、クリーニング済みであることをアピールしようというつもりなのか、やたら糊が効きすぎていてゴワゴワする。
ついに亜奈は、両手を突っ張って男の胸板を押し返した。
「ミツくん、ちょっとタンマ」
相手は幼稚園の頃から見知った幼馴染だ、拒否のことばを言うのも気安い。
大人になって体を重ねる関係となった今、さらに気安い。
「ごめん、今日はちょっとやめない?」
男は上半身を引き起こして、実に横柄な舌打ちをした。
「ち、さんざん貢がせておいて、それはないだろう」
この男、綺麗な顔立ちをしている。
彫刻のようなホリの深い目鼻立ちに、やはり彫刻のようになめらかな赤銅色の肌、そして軽く天パのかかった髪までもが、少し日本人離れした野趣ある美しさなのだ。
その美貌を憎々しげに歪めて、鼻の上にシワまで寄せた怒りの表情は凄まじい。男の威圧感をもって女の体を支配しようという魂胆が透け見えていて、亜奈の神経を逆なでする。
「貢がせておいてって……だから、食事代もワリカンにしようって言ったじゃない!」
亜奈はピシリと言い放つが、男の態度は少しも揺らがない。冷酷に見せようというのか、唇を少しだけあげてカミソリのような笑いを浮かべる。
「ふん、女に金を出させるほど生活に困っているわけじゃない。ただ、支払ったものに見合う対価を……」
ここで彼は、何に思い当たったか急に言葉を飲んだ。
「もしかして……」
不安げに首をかしげ、亜奈の顔を覗き込む。
「悦くなかった?」
さっきとはうってかわって、まるで子犬のように頼りない表情だ。声もわずかにふるえているか。
「それとも、具合でも悪いのか?」
こういう時の彼は好きだ、と亜奈は思う。
少し顎を引いた上目遣いは小さいころからのクセだ。熱を確かめようと額に当てられた手も幼いころに学校まで手をつないで通ったあのころのまま……そして、体に灯る熱を初めて教えられたあのときのまま……
――お互いに初めて同士で、ただ拙いだけのセックスだった。
私はうまく脚を開くことさえできず、ふとももをなぞる彼の手を震えながら受け入れた。
そして、彼の手も……私の秘所に触れる瞬間、確かに震えていた。
もどかしげに蜜をすくい、花弁のような肉器をそっと開く、そのときの彼の指先を思い出すだけで、体の奥がずくんと脈を打つ――
「ミツくん……」
彼は勢いのなくなった肉牙を、それでもいまだ亜奈の中に突き立てたままでいるのだ。その膣道のわななくさままでをつぶさに感じたことだろう、にやりと笑う。
「なんだ、元気じゃないか。じゃあいいだろ、させろ」
彼は抱きしめるように亜奈に覆いかぶさり、静かに腰を沈めてゆく。
「でも……つらかったら、ちゃんと言えよな」
付け加えられた優しい一言が決定打だった。もはやシーツのごわつきさえ気にならないほど、亜奈は欲情していた。
「ミツくん……ミツくん!」
彼の名を呼び、首筋に細い腕を絡めて……亜奈は熱い吐息を吐きながら考えた。
(体の相性はいいのよね、そこだけは惜しいかも)
これは、もうすぐ他人のモノになるオトコの体……それがたまらなく憎らしく思えて、亜奈は本能の赴くままに、彼の背中に強く爪をたてる。
彼との別れを予感したのは今年の初め、まだコートを着なくてな出歩けないような季節のことだった……