鶴さんの恩返し
事故だったならどんなによかっただろう。
鶴さんの体があれば、「この人は死んでしまったんだ」と踏ん切りもついたかもしれない。
大好きな大切な人が、行方不明。
それを受け入れるのは難しかった。
5年前、私の住んでいる地域で大きな大きな恐ろしい地震があった。
地鳴りのような初期微動、ズンッと体全体に衝撃を与えるような揺れ、うねる地面。
立っていられないほどの地震を体験したのは初めてだった。
あの日、私は職場にいた。
揺れと同時にけたたましく鳴り響いた携帯の緊急地震速報。至るところからあの不気味な警報が聞こえた。
ビルの8階にあるオフィスは停電。
もちろん大事なパソコンのデータは飛んでしまったし、ラックや棚からは書類が落ちてきて床に散乱し、デスクのうえはぐちゃぐちゃ。
廊下の天井から蛍光灯が外れて、ものすごい音を立てて割れている音もした。
つい数分前までいつものように仕事をしていたオフィスは、一転して強大な力を持った竜巻か何かが通過してひっくり返ったみたいに、色々なものが破壊されていた。
何がなんだか分からなくて、しばらく動けなかった。
やがてビルも危険だということになり、隣のデスクの後輩の女の子に手を引かれながら他の社員と避難した。
この時、この地震で他にどれほどの被害が出たのかなんてちっとも気を配ることなんて出来なかった。
ただただ自分の身を守ることに精一杯で、年に一度の避難訓練を思い出して動くことだけに集中した。