鶴さんの恩返し
もしかしたら最初から、あの人はいなかったんじゃないか。
出会ってなかったんじゃないか。
むしろ存在すらしてなかったんじゃないかって思う。
そうだったらいいのにって何度思っただろう。
だけど洗濯物の量とか、ナチュラルブラウンの楕円のテーブルに並ぶお皿の数とか、なんでもペアで揃えていた食器とか、シューズボックスに残ってる履き込んだスニーカーとか、大切にしていたバイクのミニチュアの模型とか。
この狭い部屋にあの人がいた証が数え切れないほど、まだ残ってる。
それを実感するたびに、私の目からは涙がこぼれるんだ。
ポロポロと、頬を伝っていく。
雨よりも純度が高い、悲しみと虚しさがこもった冷たい液体が、目から溢れていく。