鶴さんの恩返し
きっかけは、些細なことだった。
「来年あたり、結婚しよっか」という鶴さんのプロポーズらしきものを承諾して1ヶ月。
結婚資金を貯めようとひたすら節約していた私は、鶴さんに言われた何気ない言葉に反発したのだ。
「小春さん、春になったらちょっと遠出して2泊くらいで旅行しない?」
「旅行?そんなの無理に決まってるじゃない」
朝ごはんを作る手を止めて、冷蔵庫から牛乳を取り出して一気飲みしている鶴さんを軽く睨んだ。
「もう。結婚資金貯めようねって約束したでしょ?どうして鶴さんはそうやってすぐに浪費しようとするのよ」
「浪費?違うよ、ずーっと切り詰めて生活するのも息苦しいし、たまの贅沢くらいいいんじゃないかなって思っただけだよ」
「それを浪費って言うのよ」
まだお互いの両親に結婚の報告をしたわけじゃない。
でも、付き合いの長い私たちは両家とも公認の仲であった。
同棲自体は2年ほどだけど、結婚に反対する人などいないだろう。
趣味のものには悩むことなくお金を使うクセがある鶴さんを、いつも咎めていたのは私。
そうしないとあっという間にお金が無くなってしまうからだ。
結局、同棲生活の財務大臣担当は私ということになった。
「僕は結婚式はしなくてもいいくらいだよ。どうしてもやるなら、もっとこう、こじんまりと森の小さな教会なんかで2人きりで挙げてもいいなぁ、なんて」
「昔の歌でそんなのあった気がする」
「そうそう、昭和の少し古い歌だよね」
のほほんと笑う鶴さんにイライラして、「本題はそこじゃないでしょ!」と声を上げた。
「鶴さんはやりたくなくても、私は育ててくれた両親に感謝を伝えたいし晴れ姿を見てほしいの!支えてくれた友達を呼びたいの!」
「まぁ、結婚式って女の子のためにするようなものらしいしね」
時々、鶴さんはこういう言い方をする。
悪気は無いんだろうけどやたらとイヤミっぽいというか、口喧嘩しててもどこか他人事というか。
そういうところがまた余計に私の怒りを買う。