なくした時間にいてくれた
言ってしまってから口を手で押さえる。ここは「思い出した」とでも言うべきだった。

岡くんがきょとんと目を丸くした。それから「うーん」と考えるように唸って、私の前に座る。


「事故の後遺症? それにしても忘れていることが多くない? 本当に学校出てきて大丈夫なの?」

「うん。もう元気なんだけど、なぜか思い出せなくて……おかしいよね」

「んー、おかしいといえばおかしいだろうし。それよりも前の松本さんと雰囲気も違うというか……あ、やばっ! 俺も弁当食べなくちゃ。悪いけど、あとで!」

「あ、うん」


右手をあげて去っていく岡くんを唖然と眺めてから私は卵焼きを口に入れた。

甘い卵焼きだった。

私は甘くない卵焼きが好きで、甘いのが好きなのはお姉ちゃんだ。お姉ちゃん用に作ったものだから仕方がないけど、寂しい。

こうやって一人で食べるのも寂しい。

岡くん以外の誰とも話が出来ないのも寂しい。

でも、話をしたら話を合わせることが出来ないから、また思い出せない振りをしなくちゃいけない。
< 33 / 189 >

この作品をシェア

pagetop