海老蟹の夏休み
 三日月池は、水族館の出入り口からは死角になっている。
 そのほうを少しだけ振り向いた朋絵は、どうせ見えないものをなぜ見ようとするのかと、自分に苛立ちを感じた。
 そして、すべてを振り切るように歩き出した。一歩、二歩と、地面を踏みしめるようにして歩く彼女を引き止めたのは、思わぬ声だった。

「きみ、見て行かないのか!」
 あまりにも唐突で、あまりにも大きな声だったので、ビクッと身体が震える。
 見ると、三日月池に通じる道の上に、白衣の男が立っていた。水族館の前で出会った研究者風の男である。

 周囲には誰もいない。彼は朋絵に声をかけたようだ。
 それも、池のほうを指差しながら。

 見て行かないのか――
 
(今のは、私に言ったみたいだけど。でも、どうして)

 わけがわからず困惑する朋絵に、男はずんずんと近付いて来る。
 長い足で、大またで。逃亡者を捕まえるかのように勢いよく、こちらを睨みながら。

「もうすぐ終わってしまうぞ。きみ、ザリガニ釣りが好きだったろう」
「な、なん……なんですか?」

 朋絵は思わず後ずさりした。
 さっきから『きみ』と言っているのは、間違いなく自分のことのようだ。
 

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