海老蟹の夏休み
 2メートルほど手前まで来て、男はぴたりと立ち止まった。
 朋絵が警戒しているのに気付いたのだ。

「あ、いや、びっくりさせて……悪かった」
 ぎこちなく詫びると彼は視線を逸らし、気まずそうに瞬きする。
 そして、どうしてか赤らんだ。

 まるで、茹でたての海老や蟹である。その鮮やかな赤色に、朋絵のほうが戸惑ってしまう。最初に受けたクールな印象をひるがえす、素朴な反応だった。
(なんなんだろう、この人)
 朋絵は戸惑いながら、彼が言ったことを頭の中で分析する。

 きみ、ザリガニ釣りが好きだったろう――

 なぜ、どうして?
 どうしてこの人が知っているの?

「ええと……いや、まあその」
 彼はちらりとこちらを見た。
 少女の訝しい目つきから疑問を感じ取ったのか、取り繕うように咳払いする。
 頬の赤みは残しているが、最初の印象どおりの、皮肉っぽい笑みを浮かべた顔で答えた。

「僕は、きみを見たことがある。夏休みの間になんべんもここに来て、ザリガニ釣りに夢中になっていた子どもだ。どうも見憶えのある顔だと思った」


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