海老蟹の夏休み
 外に出ると、強烈な夏の陽射しが降り注いでいた。

 焼け付くアスファルトには人影もなく、無人の町のよう。
 さっきまで鳴いていた蝉も、いつの間にか押し黙っていた。
 夏休みなのに、子供たちの姿も見当たらない。
 家に閉じこもっているのだろう。

「この暑さじゃ、無理もない……か」
 朋絵は呟くと、勉強道具を詰め込んだバッグを肩にかけなおす。
 手の甲で額の汗を拭ってから、とぼとぼと歩き出した。

 朋絵の家は住宅街の中にある。
 子どもの頃は周囲に空き地も多く、小さな畑もあちこちに見られた。
 だけど、大きな道路が一本通ってから、風景は様変わりする。
 一戸建てやアパートなど住宅が増えるにつれ、緑も土も消えていった。

 最寄りのバス停から、駅前経由の路線バスに乗り込んだ。
「はあ……涼しい」
 炎熱地獄から救われてほっとする。
 今日は日曜日で、中途半端な時間帯のためかバスは空いていた。

 10分ほどで商業施設が集まった市街地に入り、景色はだんだん賑やかになってきた。
 しばらくすると、女子高生が一人乗ってきて前の席に座った。
 このあたりでは有名な進学校の制服を着ている。

 黒髪をきっちりと二つに分け、こげ茶色のヘアゴムで結んでいた。
 野暮な気がするが、朋絵も似たようなもの。
 ゴムの上にサテンのシュシュをつけているのが違うだけだし、色は同じこげ茶である。

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