海老蟹の夏休み
 朋絵は車窓に目を戻す。
 街の景色を眺めるうちに、なぜか幼い頃の夏を思い出していた。

 今乗っている路線バスは、当時はもっと本数が少なくて一時間に二本くらいだった。
 終点は穂菜山(ほなやま)という標高280メートルの山の麓で、そこには自然公園がある。
 中腹には淡水魚水族館があって、夏休みにはよく親に連れて行ってもらった。
 A大学の研究施設だと知ったのは、中学生になってから。昔はそんなこと、気にもしなかった。

「懐かしいなあ。今はどうなってるかな」
 自然公園だけあって自然豊かで、生き物もたくさん生息していた。
 蝉、カブト、クワガタなどの夏定番の虫達はもちろん、蛇やムカデなんかもいて、水族館までの山道は結構スリルがあった。

 朋絵が大好きだったのは、水族館の人気イベント、ザリガニ釣り。水族館の脇にある、三日月池という小さな水辺が会場だ。

 夏休み期間は、小学生以下の子供達に限りイベントに参加できる。ただ、釣ったからといって勝手に持ち帰ることはできない。

 生態系保護の意味もあるのだろう、水族館がきちんと管理していた。蛙や魚など他にも生き物はいるが、ザリガニは別格の人気者だった。
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