キエルビト

太陽の彼

そんな絶望的な空気の中、ただ一人違う人がいた。
 太陽のような笑顔をした男の子。顔自体はよく覚えていないけれど。
 覚えてることといえば、体ががりがりに痩せこけていたことと、その少年はイレギュラーなのか(年齢で牢が分けられているから)、2、3歳年下だったことぐらいだ。
  その子は、ずいぶん時がたったあともそこにいた。
 シャットダウンしたはずの視界で輝いていた。
 まるで死ぬわけ無いと分かっているかのように。  
 自殺もめずらしくないこの牢屋に、一人だけ"希望"を抱いていたのだ。
  そんなことはここでは珍しかったので、いつの間にか私も目で追っていた。
  私の全身を占めていた絶望が薄れてくのを感じられるから。彼の笑顔はまるで私にとっての特効薬なのだ。
  


 ある日の夜。
  研究所での張り詰めた空気にイライラしたのか、誰かがその子を殴った。
 一発、二発、三発。飛び蹴り。
 そして、気持ち悪い、へらへらすんじゃねぇ、という罵声もそえて。
 その後彼が言った言葉は、今でも胸に深く刻み込まれている。
 「ここはみんなおかしいよ。なんで誰も笑わないのさ。
  お兄ちゃんは、"どんな時でも笑っていれば楽しくなるよ"って言ってたのに。
  ね、そう聞くともったいなく感じるでしょ、笑わないと損なんだよ。笑おうよ。」
  こんなに小さい男の子が(自分も幼かったのだが)、笑わないほうがおかしい、と。笑わないと損だ、と。そう言い切ったのだ。
 その時純粋にかっこいい、と思った。
私の心に確かな光が点った瞬間だった。

  数十分後、殴った人は"研究"により死んだ。
 太陽の彼はいつも笑顔で、"研究後"に残った人数を数えていた。
 「…僕達の牢屋は36人か。」
  この牢屋に入れられた時の人数を思い出す。
 確か、100人~150人ぐらいか…?この牢屋はそんなに広くないので、肩を動かすだけで他の人にあたるぐらい、ギュウギュウ詰めだった。
 それが第一関門で半分ほど減り、毎日犠牲者か出たり出なかったりが続くにつれ、ほとんどが死んでいった。
 だが、最初に比べると減る人数のバランスは偏らなくなっていると思う。
 不定期で人数も補充されるので、この牢屋は常に40人前後を保っている。
  …今はちょうど下回っている時か。
 「…そんな顔するぐらいなら、数えなきゃいいのに。」
  風の音よりも小さく発したその声は、確かに私のものだった。
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