未来の君のために、この恋に終止符を。
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「実莉」
現実の、私の隣。
耳元で呼ばれた自分の名前に、必要以上に反応する。
昔より低くなった声は、体の奥で不思議と響いて身体中に染み渡る。
彼の子どもの頃の声も好きだったけど、今の声も好きだ。
だけどそれは、雨の日にそっと差しかけられる傘のように優しいから、私はいつも振りはらいたくなる。
そんなふうにして、濡れて欲しくなんてないんだ。
「実莉」
「なに」
もう1度呼ばれ、今度は何事もなかったかのように返して視線をやる。
この2年でポーカーフェイスはずいぶんとうまくなってしまった。
なのに晴樹はかすかに眉をさげる。
そのうえ、付き合いの長い私にしかわからないようなそれを、すぐさま私にもわからないように隠してしまう。
隠さないで、なんて言えるはずもなく私はただ黙った。
「実莉はやっぱり疲れてるみたいだし、休憩にしよう」
私が晴樹の説明をまともに聞いていなかったせい。
集中していないと気づいた彼は文句を言うこともなく、シャーペンを置いて、「ね?」と促す。
本当ならそんなつもりはなかったけど、これ以上晴樹の邪魔をするなんて、気を遣わせるなんて、そんなことをする私でいたくない。
仕方がなくあごを引くように頷いて、私も彼にならってシャーペンを手放した。