未来の君のために、この恋に終止符を。
夏のあつさのせいか、晴樹やお母さんの気づかいが胸に悲しく響くせいか、重苦しい鬱々とした心境になってしまっている。
自分のことながらそれが鬱陶しく、自然とため息がこぼれ落ちた。
幸せと言われる類のものがまた、私の元から離れていくも、心は少しも震えない。
熱を持った指先が少しひんやりとしたドアノブに触れる。
自分のぬくもりが移っていくのを感じながら、それをぎゅっと握り締めた。
そのまま下へひねるように回し、開けた扉の先には、
「……実莉」
見たこともない、だけど知っている気がする。
そんな不思議な感覚を覚えてしまうような、ひとりの男性が私の部屋の中心で。
吐息がこぼれるように儚く優しく、笑っていた。
「おかえり」
ぱちぱちと何度かまばたきを繰り返したのちに、声もなく目を見開く。
じり、と後ずさり彼から距離を取る。
いつ、どうやってここに入りこんだのだろう。
玄関、窓、入りこむことができそうなところはあった?
まず、お母さんは気づいていないってこと?
……わからない。
なにも、わからない。
既視感があったとしても、それでも、彼は私の知らない人だ。
「あんた、誰」
かすれた声が喉からもれる。
危ない行為で、きっと今ここに誰かがいたらとめられていたに違いない。
だけどここには目の前の男と私のふたりきり。
注意してくれるような人は、守ろうとしてくれる人は、いない。