スノウ・ファントム
「ちょっと話せないかな」と葉村くんを誘ってやってきたのは、二年のクラスが並ぶ廊下の端っこにある、空き教室。
使われていない机と椅子が壁際に寄せられるように置いてあり、私たちのクラスよりがらんとして広く感じる。
「話って、なに? 僕、今日はちょっと急いでるんだけど」
壁に掛けられた時計を見て、葉村くんが気まずそうに言う。
クラスの男子たちの手前チョコの紙袋を持ってきた私は、それを近くにあった机に置いて口を開く。
「あのね……私、葉村くんのこと、やっぱり心配で……それで……」
だからといって、自分に何ができるだろうかと考えても、あの男子たちに立ち向かえるほど喧嘩が強いわけでもないし、親や先生に相談する勇気もない。
でも……話を聞くことくらいは、できるから。
「葉村くんの抱えてるもの……もしよかったら、私に、話してくれないかな」
緊張しているせいか唇がぱりぱりに乾いて痛い。
でも、言い終わった後は少し落ち着いて、静かに葉村くんの答えを待った。
葉村くんは、ひとつ息をつく。それから観念したように笑い、私を見た。
「わかった。……誰にも言ったことはなかったんだけど、佐々木さんになら、教えるよ」
ごくりと唾をのんでうなずいた私に、葉村くんはゆっくりと丁寧に話してくれた。
今の季節とは反対の、緑あふれる暑い夏のこと。
その生き生きとした色彩溢れる風景とは裏腹に、世界が真っ暗になってしまうような悲しい出来事が、彼の身に起きていたんだ。